本物と偽物。どっちでもいいこと。そして見分けるとしたら。
本物志向とか、本物がわかる。とか。
ある程度の年齢になると、そういう能力があるのが、なんか凄い、みたいなのを感じ始める人がいる。
本物ってなんだろう。
数々の修羅場をくぐって、立場のある人になったら、本物はわからないといけないの?
勝ち抜いて生き抜いて来た人って、時代が時代なら戦士であり、剣豪であり、のし上がる武将でもあり、そんなに本物とはなどと語る暇もなく、勝ち残るために戦い続けて、果たしてそんなことがわかる必要があるのかなぁ。
それこそヒーローに対する憧れ、美化に過ぎないかも知れないよね。
もとより最近の売ってるものって、本物はコレです、と言えるものはあるのかな。
また、あるにしても、それを伝える手段を持つ人が、これが本物ですって言い切っちゃったら、大変なことになるんじゃない?
経済中心、売れれば何でも良いという世界では、買う側が正解者で、そんなもんがホンマモンかいなと言われてニーズに合わせて変化してるから、買う側に合わせて、ホンマもんですって変わらなくちゃならないんじゃないかなぁ。
昔の百貨店や専門店では、こういう物はこうして使うのです、とか、基本的セオリーはこうです、というのを教えてくれた。
例えば、やっと最近、雑誌などで言われるようになったので知る人も多いけれど、コートの裾からスカートは出さないとか、出すならショートとロングで、みたいなこと。
けれど今やパンツを履く人が多く、スカートが主流ではないから、パンツ感覚でアウターとボトムの丈を合わせてて、スカートは違うのに、、やってもいいことになってしまったりする、、、、。
私が子供の頃、タイトスカートがとても流行って、パンツの線が見えるくらいピチピチ履いて、良く注意されたことがある。
お店の人が平気で言ってたよね。
パンツ見えたらダメ、ワンサイズ上げなさい。
でも今は就活生もピチピチ。普通になってる。
これだけ世の中がパンツ主流になれば、そんな昔の法則など当てはまる方がおかしいかも知れないし、そのスカートだって流行で全く違うんだから、もうそんな昔の話や歴史を持ってくるほうがおかしい事も沢山ある。
食べ物の味も食べ方も、みんな変わって当たり前で、ウインナーだってレンチンタイムが堂々と謳われてるし、こうやって時代が変わるのは当然なんだけどね。
服を買う時、丈を決める時、自分がどんな服をどう着るか、考えて買う、なんて事は今の人はしない。
大体、あちこちで安い服売ってるから、気にしなくていいのかも知れない。
でも誰も教えないから、何となく、でおかしくはない、程度で着てしまう。
お洒落番長さん達は、読モや、雑誌の通りに買って着ている。自分の胴の長さや、腰の幅なんてお構いなく、そしてダイエットに夢中になってね。
だからみんな同じで、ユニフォームみたいになってる。私は○○派、私は△△派みたいな感じ。違うよ、貴女らしくは?
流行りはあってもいい。十代は流行りに溺れてもいい。
でもいくつまでそれをやるんだろう。
そして着崩したり、新しいものを取り入れる時、トップスとボトムスの丈、ボトムスの裾とシューズのスレートとつま先の形など、気になるポイントって基本がある様な気がする。
ロングスカートにスニーカーは当たり前になってきたけど、素材によってはニューバランスじゃ重すぎる事もある。モデルによって、スカートの素材によって、そこを気にしてる人はやはりカッコいい。
本物ってもしかしたらそんな事を気にしてる人なんじゃないかと思う。
食べ物にしても、着る服にしても、ファストブランドや、スーパーを使い回していたとしても、ちゃんと自分を持って、学んでいたいと思う。
最近歳をとったので、Tシャツのシワには気をつけてる。あれ、若い人でも今時いないよね。
絶対にダサいと思う。顔もシワだらけなのに、服までシワかよ的なね。あと、色褪せた服。自分が色褪せてるから、気を付けないと凄く安っぽくなる。
気をつける事を気をつけて、正しいポイントを学んで、上手に生きて行けたらいいなと思う。
それが美しい私のこだわりになったらもっといいな、と思うんだけどね。
それがちゃんとしたら、見分ける力も自ずと出てくると思う。それがらしさと、志向だと思うから。
若い人達にもそういう拘り、学んで欲しいなぁと思う。
百貨店が弱いものを売っている時代は終わった。高級店は路面店を出している。
直接そこに行けば良い。
だから百貨店は、前年比に追われてばかりいる。勿論、高級素材、品数希少だと、百貨店に並ぶ。その分高く、そしてそれだけだ。
そこまで吊り上げる必要があるのかな?と思うものも山の様にある。
原価コストを考えたら、いやー、、、と思うものも少なくない。
何故なら、検品で弾くので、残りが希少になる、生産数が少なくなる、、、だけで、丁寧に職人が作ったらそれ以上の物になるはずの物が、世の中には沢山ある。
ブランド。
だからイタリアなどで、革職人が作る普通にそこにある物が、素晴らしい様に、日本にもそういう人が街に1人、2人いれば、良い物は必ず手に入るのだ。
昔、そうだった思い出がある。
近所にテーラーがあり、靴屋があり、修繕や、仕立てをして貰った。
良い物は直して使えたのだ。
出来ることなら、働くことに、人と集う仕事が嫌な人は、そういう技術を手にしたらいいと思う。大金は稼げなくても、立派に自立できる。
最近はやっと洋服などのリサイクル、リメイクの店が出来たけれど、まだまだ少ない。
靴ももっと丁寧に直したら、1万の紳士靴が、もっと長持ちする。
本物ってなんだろう。